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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2471号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

『1 原告は昭和三二年七月一八日佐藤昌利と婚姻し、昭和四三年七月二五日協議離婚したが、昭和四八年五月二四日佐藤昌利と共同で本件不動産を買受け、持分を均等にしてこれを所有し、かつ、本件家屋において佐藤昌利及び同人との間にもうけた長女昌美(昭和四九年一二月当時、中学三年生)、長男昌史(同中学一年生)と共に居住していた。

2 原告及び佐藤昌利は本件不動産を代金四八〇〇万円で購入したが、右代金のうち手附金一三〇〇万円は原告が手許金及び原告の親族からの借入によつて調達し、残金三五〇〇万円の大半(約三一七五万円)は原告及び佐藤の両名が被告の仲介で野尻靖比古から借受けて調達し、本件不動産に野尻のため根抵当権等の設定登記をした。その後、右借入金は被告が肩代りすることになり、原告及び佐藤は昭和四八年一一月二二日本件借受金債務を負担し、被告のため本件不動産に根抵当権の設定登記をした。

しかし、佐藤昌利は事業上の負債が多く、被告あるいは被告を介して本件借受金そのほか多額の債務を負担し、高利の支払に追われ、本件借受金返済の資力も十分ではなかつた。

3 被告は佐藤及び原告との間で昭和四九年三月二六日、本件借受金債務について、弁済期限昭和四九年二月二一日、利息年一割五分、遅延損害金年三割とする執行受諾約款附の公正証書を作成していた。

しかし、右公正証書に定める弁済期限に弁済がなかつたので、昭和四九年一〇月頃、被告と原告及び佐藤昌利との間で、本件借受金債務について、「内金五〇〇万円を同年一一月三日限り支払う。残金三〇〇〇万円は昭和五〇年一月三〇日限り支払うものとし、これが支払不能のときは、本件不動産を被告に譲渡する。」との内容を骨子とする即決和解をすることを合意した。そこで、被告代理人弁護士は同年一〇月一五日渋谷簡易裁判所に、右合意事項を和解条項とする即決和解の申立をした。

右申立事件の第一回期日(同年一二月三日午前一〇時)は同年一二月一三日午前一〇時に変更され、同期日には相手方である原告及び佐藤昌利並びにその代理人も出頭せず、昭和五〇年一月二一日午前一〇時の和解期日において申立人(被告)代理人と相手方両名代理人及び佐藤昌利が出頭して、前記申立のうちすでに期限を徒過した内金支払条項を削除し、本件借受金全部を同月三〇日限り支払うことに改めて、別紙和解条項<省略>のような本件即決和解が成立した。

4 被告は昭和四九年秋頃すでに、自身あるいは使用人に命じて、本件家屋に住む原告及び佐藤昌利に対して、本件借受金の内金五〇〇万円そのほかの債務の元利損害金の弁済を求めて、原告らが若干でも弁済するまでは本件家屋に上り込んで退去しないという執拗かつ強硬な手段をも用いて取立をくり返してきた。

そして昭和四九年一二月二七日、本件家屋に佐藤昌利、原告及び前記1の長女、長男が同居していたところ、被告の指示を受けた訴外大野某、片桐某ら四、五名の男が門前に来て、応待に出た原告に対し、「約束が違うから、今日から此処に入るから、あなたたちは此処を出なさい。」と原告らに退去、明渡を要求したことから、これを理不尽とする原告との間で紛争となり、この男達は大きな怒声を発し、原告らに対し「出て行け」と迫つた。原告は、初め出て行く理由がないと拒絶していたが、次第に男達が興奮し、近隣にも響くような怒声を発し、これまでの取立とは態度が違うものを感じて恐れを覚えた。また、原告の後方で成行きを見守つていた二人の子も恐怖感をいだいていることが判つた。

しかも、この男達はついに本件家屋に入り、二階を占拠するに至つたので、原告は、これ以上の異常な事態を子供達の前で繰りひろげることはできないと感じ、やむなく本件不動産から着のみ着のままで佐藤と共に出て行かざるを得なかつた。

原告はその足で最寄りの警察に右の事実を説明し、救済を求めたが、「出る前に警察官を呼んでほしかつた」と言われただけで、原告らが望むような救済は受けられなかつた。

他方、本件家屋内に侵入した男達は、直ちに門や鉄鎖をかけて閉鎖し以後、時折り交代しながら本件家屋に寝泊りして、本件不動産を占拠した。』という事実関係である。

【判旨】

三右に認定した事実によれば、被告は昭和四九年一二月二七日原告及び佐藤が占有中の本件不動産の占有を侵奪したものというべきである。<中略>

のみならず、事前に家屋の占有者である債務者が債権者に対して、担保物件である当該家屋の明渡を承諾していたとしても、現実に明渡を肯んじない場合に、債権者がこれを実力で追い出し、右家屋を占拠することは現在の法秩序の下では許されない不法な行為であり、本件においても事前の承諾が被告の本件占有侵奪を適法化する理由は存在しない。

四そこで請求原因4の損害について判断する。

1 前記二2で認定した事実及び<証拠>によれば、本件家屋は新築の建売住宅として本件土地と一括で昭和四八年五月二四日代金四八〇〇万円で原告及び佐藤昌利が買い受け、持分を均等に所有していたことが認められ、これに反する証拠はない。

そして、地域別六大都市市街地価格推移指数は、昭和四八年三月を三四五九とした場合、同年九月は四〇〇五、昭和四九年九月は四一八一であり(財団法人日本不動産研究所発表、全国市街地価格指数第三表。昭和五三年九月末現在編)、市街地の住宅地価格は昭和四八年五月以降、昭和四九年末に至るまで上昇傾向にあつたことは明らかである。

そうすると、本件家屋に若干の経年減価があるとしても、本件土地の地価上昇分を勘案すれば、本件不動産全体としての価格は昭和四九年一二月当時も昭和四八年五月当時を下廻ることはなかつたものと推認できる。

2 <証拠>によれば、

(一) 原告は、本件即決和解を被告が申し立てることに決つた頃から、本件借受金債務を弁済するには本件不動産を売却する以外に方法はないと考え、訴外有限会社藤栄不動産の営業部長大木勝次に右売却の仲介を依頼し、また実姉にも買手の紹介を頼んでいた。これらのうち、大木勝次が紹介した訴外三井康平は四〇〇〇万円で買受ける旨を申し込んできたが、原告は四八〇〇万円を固執して折り合いかねている間に、本件不動産の占有をめぐる被告との間の紛争も問題となつて、三井康平は買受を断念した。その後、大木勝次が売買を仲介しかかつた相手方は数人あつたが、いずれも本件不動産をめぐる原被告間の紛争を聞いただけで買受を断つてきた。

(二) 原告の姉の紹介で訴外斉藤正も本件不動産を買受けるべく検分した結果、四八〇〇万円という売り値はおおむね妥当な価格とは思つたが、なお若干の値下げを原告側に要求した。それと同時に、斉藤は、本件不動産をめぐる被告との間の紛争についても聞いていたし、現に本件不動産を検分した際にも素性の知れない男達の姿を認めたので、「手附金五〇〇万円の支払と同時に売買予約の仮登記をし、かつ被告から本件借受金を完済したら本件不動産上の抵当権設定登記を抹消する旨の確約書をとる(抵当を抜くという一筆を取る)こと」の二つを買受けの前提条件として原告側に示した。

ところが、右二項目の前提条件が履践されないでいるうちに、昭和五〇年一月に入つて、原告らが本件家屋を追い出されたことを聞き、斉藤も右買受の可能性は消滅したものと判断した。

との事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

3 右の認定事実及び前記1の事実に基づけば、本件不動産は昭和四九年一二月二七日当時、少くとも四八〇〇万円の価値がある物件ではあつたけれども(このことは、被告本人尋問の結果とも矛盾しない)、原告及び佐藤昌利が同日から昭和五〇年一月三〇日までの三五日間という限られた短い期間内に、それも代金の支払まで履行されるような内容の売買契約を締結するためには、四八〇〇万円の売値を維持することは難しく、(一般的にも、不動産を売り急ぐ場合は、代金額が正常な価格より低い水準に落ち着く傾向があることは周知の事実である)、相当程度の値下げは避けられない状況にあつたものと言わなければならない。

そして、右2の認定事実(とくに三井康平の買取申出価格と原告側の希望価格との中間値が四四〇〇万円となる事実)及び<証拠>を総合すれば、原告側の売値四八〇〇万円から一割を減じた代金額であれば、被告による本件占有侵奪がないかぎり、原告及び佐藤は本件不動産を斉藤正に売却処分できたものと認めるのが相当である。(抵当権を抹消する旨の一筆は本件即決和解によつて代えることができ、売買予約の仮登記は登記簿上の所有名義人である原告らにおいて、然るべき方法で申請することができるから、斉藤正が買受ける場合を想定しても、結局、本件占有侵奪により原告側で買主に本件不動産を引渡すことが不可能になつたことが、売却を妨げる最大の原因となつたものと認められる。)

そうすると、本件占有侵奪がなかつたならば本件不動産を売却処分して得たであろう四三二〇万円から本件即決和解で定める債務三五〇〇万円を控した残額は八二〇万円となるが、本件不動産の売却に際しては、根抵当権設定登記の抹消等の登記費用その他の売却処分に要する諸雑費の支出が必要になることは明らかであるから、これを考慮するとしても、本件換価処分を妨げられたことによる原告及び佐藤の損害は少くとも八〇〇万円を下らないものと認めるのが相当である。(なお、斉藤正との関係では不動産仲介業者は介在していない。)

したがつて、原告は控え目に評価しても、右の二分の一に相当する四〇〇万円の損害を受けたものと言うことができる。

なお、右損害は原告ら所有者が本件不動産の換価処分を妨げられた結果発生したものであるから、占有の喪失そのものの損害賠償を目的とし占有訴権の一内容である損害賠償請求権とは別個のものであり、除斥期間の規定は本件損害賠償請求権には適用がないものと解すべきである。

(山本和敏)

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